
レグニッツ川沿いの漁師の家々は小ベニス地区という呼び名を持っています。これらのほとんどは長い木製のベランダを持ち、そこで網や漁の道具が乾かされます。というのは家の前に庭がないためです。この家々は直接川に建てられているために洪水の危険にさらされなかったのか、という疑問が出てきます。かつてはそうでした。レグニッツ川はとても活発な川でよく洪水をもたらしましたし、市内に氾濫を起こしました。アム・クラーネンやその近くでは家々に洪水の印がみられ、なかには人の身長ぐらいまで水がたまったものもあります。

バンベルクでは最もひどかった洪水のうちのひとつに1784年のものがあります。恐ろしい氷の波がウンター橋を全て壊し、橋のアーチは切り裂かれました。橋の上の立像は王妃クニグンデのものだけが旧市庁舎の後ろにあった為これに守られ残っています。今日洪水はもう過去のものです。川の上流のブーク地区に堰が築かれ、洪水の時は閉まり、通常の水量しか通さないからです。余分な水は運河に導かれ、レグニッツの右腕に入ります。ここはすでにマイン−ドナウ運河の一部でもあります。そこでは岸が、何メートルもの洪水がきても被害が出ないように作られています。船の往来はストップし、水流がマイン川の方へ流れきるまで待つことになります。

レグニッツ川は旧市街の手前で二股に分かれています。左手は製粉所や旧市庁舎、アム・クラーネンの脇を流れ、右手は島の部分をアーチ状に囲み、港の前で再びもう一方とぶつかります。マイン川は北東方向からバンベルクに向かって流れますが、レグニッツには港の向こう側で合流します。市街はマインには触れていません。なぜ合流後、その川はマイン川と呼ばれるのでしょうか?レグニッツはより多くの水量を運びますが、マイン川はそこまでの全長がより長いためです。

魚市場が何年か前までアム・クラーネンでたてられていましたが、この長きにわたった伝統は終わってしまいました。アム・クラーネンから今日2隻の船がレグニッツを下っています。かつての紡績工場“ERBA”(Erlangen,
Bamberg の略)の脇をとおりマイン−ドナウ運河に入り、1962年落成した港をぐるっと一周して帰ってきます。この船旅は約80分続き、良い天候のときはおすすめです

アム・クラーネンの正面にあるのがいわゆる“結婚の家”で、17世紀初期の建物です。この建物は飲み屋として使われ、中の部屋は市民がお祝いのときに借りていました。今日この建物は大学により使われています。川のすぐ下流沿いにはあたらしいバンベルクのコンサートホールがあります。
